Hok-ryu

お酒の話


北龍では、20種類以上の日本酒を揃えており、このラインナップは、毎日のように移り変わります。どれをとってみても、比較的小さな酒蔵のお酒ばかりですが、それぞれに個性があって、味わいは千差万別です。どれを注文していいか迷ってしまうというお客様も多く、そこでいろいろな会話が生まれてきます───


造り手、売り手、飲み手

日本酒には、「造り手、売り手、飲み手」の三者がいます。今、この三者が日本酒を取り囲んで、これを守り、さらに発展させていこうとしています。

現在の日本酒の造り手は、過去最高の水準にあると言われています。殿堂入りのベテラン杜氏が未だ現場で技術指導している一方で、若手蔵元もたくさん活躍してます。研究機関からの成果も、どんどんシェアされています。また、醸造技術に限らず、経営の面でも、各蔵が競争して、いろんな面白い商品を企画開発して出してきています。だから、いまの日本酒業界を見渡した時、三者のなかでは、造り手が、その牽引役になっていると思います。

残る、売り手と飲み手ですが、飲み手というのは、最終的にお金を出して、造られたものを飲んでくれる、消費者のことです。ここをもっと増やしていくことが大事で、その日本酒人口を増やそうという運動に於いていちばん責任を負っているのが、私たち、売り手です。

売り手というのは、主に酒屋と居酒屋ですが、ここががんばっていかないと、日本酒は廃れていく一方だと思っています。結局、日本酒がなくても生きていけるのが我々であり、お客さんです。日本酒がなくては生きていけないのは造り手だけです。ここに違いがあります。だから、どうやって売り手にテコ入れするのかを考えるとき、酒屋も居酒屋も日本酒の専門店化していって、日本酒どっぷりにしていく、というのが大事なのではないかと思います。全国に多数散在する小さな酒蔵のお酒を、有名無名に関係なく取り揃えられる専門店がないと、この業界は先細りしていってしまうからです。


知ってるお酒と知らないお酒

日本酒の銘柄は、数はたくさんありますが、有名どころは限られています。北龍の場合、あまり有名どころは置いていないので、お客さんはメニューを見て、「知らん酒ばっかりやなぁ」と言って、残念がります。「知らん酒ばっかり」のメニューは、私自身は面白いと思うのですが、ほとんどのお客さんにとっては、違うようです。どうすれば、この価値観の違いを乗り越えられるでしょうか。

日本酒を造っている酒蔵は、全国に約1500社あり、大半は中小零細企業です。いわゆる大企業(大手メーカー)は全体の1%未満ですが、これらのメーカーが造る「日本酒」は、「地酒」とはかなり性質が違っています。「地酒」というのは、各地方の小さな酒蔵で作られた、「その土地のお酒」の集合体です。基本的に手作りであり、製法や味わいのバリエーションが非常に豊富です。大手工場メイドの日本酒に比べて、決して割高なわけでもありません。ただ、いろいろな意味で「買いにくい」ものになっています。それは、「手に入りにくい」という要因もありますが、むしろ「選びにくい」という要因が大きいと思います。

なぜ、選びにくいのか。なぜなら、知らないお酒ばかりだから──。単純な話ですが、ここが大きな問題点です。どの地酒も、生産量が少なく、たいてい「行き先(買い手)」が決まっています。「十四代」とか、古くは「越乃寒梅」みたいに、噂が広まって、「飲んでみたいお酒」のリストに入れればいいですが、ほとんどのお酒はそうなりません。僕が仕入れてくるお酒は、全部「誰も知らないお酒」です。ざっくり言えば、です。しかし、僕はレアものばっかり探してきているわけでもありません。ごく普通の、全国流通の地酒たちです。

お客様に提言したいことは、あなたが知っているお酒と知らないお酒を、同等に扱ってもらえれば、地酒の世界はもっと広がるし、楽しくなりますよ、ということです。私の方から紹介しますので、それらとの出会いを楽しんでください、ということです。自分は日本酒に詳しくない、という疎外感から、ほんの一歩踏み込むだけで、日本酒メニューの見方はガラリと変わるはずです。

ひとつ例をあげますと、例えば季節商品です。冬から春にかけては、「初しぼり」「おりがらみ」などの新酒がたくさん出てきますし、お盆を過ぎて秋になると、「ひやおろし」と書かれたお酒がたくさん出てきます。四季折々のお酒が飲めるというのも、ビールや蒸留酒に無い、日本酒の魅力のひとつです。そして例えば、秋だ、ひやおろしだ、秋刀魚の塩焼きだ、そんなふうに条件を整えてお酒のメニューを見てみれば、どのお酒もおいしそうに思えてくるし、どれを選ぶかということ自体が、すでに楽しいことだと、お気づきいただけると思います。


辛口のおすすめは?

「辛口」というリクエストは本当に、多いです。なぜ辛口志向のお客さんが多いのか、また彼らに対して、酒蔵や料飲店は、どのようなスタンスであるべきか。こういった「辛口論争」が、日本酒関係者の間で時々起こります。お客さんのほうには関係ない議論ですが、見過ごせない問題なので、ここでは書かせていただきます。

40年くらい前に地酒ブームがあって、新潟をはじめとした全国の地酒が、都会の酒場に入ってきました。そのとき、バブル期で平和だったせいもあって、淡麗辛口タイプが人気を博しました。そういう経緯でブランドを確立し、今もたくさん流通しているお酒がありますが、日本酒にこだわる店ほど、そういうひと昔前のお酒を無視する傾向があります。うちもそうですが、「おいしくないとは言わないが、どうせ名前で売れてるだけ」というふうに見てるのです。

飲み手の嗜好は本来ならもっと分散していいはずだ、旨口タイプにももっと人が集まってないとおかしい、と私たちは考えています。実際、自分の経験でも、「辛口のおすすめはコレです。ちょっと濃いですけど」と言って、例えば何々という、誰も辛口と言っていない、重厚なタイプの生原酒を持っていって、すんなりOKがもらえたことが、多々ありました。辛口という言葉を過小評価すればいいだけのことです。

造り手の方では、「標準よりも発酵の進んだもろみを搾ったお酒」という意味で、ちゃんと辛口に仕上げたお酒を用意してくれています。しかし、そういう商品に人気が集まっているかというと、そうでもないのです。「辛口志向のお客さんが多い」という現状の本質は、辛口設計のお酒が好まれているのではなく、単に、カラクチと言う人が多いに過ぎない、ということです。

北龍でも、「辛口のおすすめは?」とか「どれが一番辛口?」と聞かれるお客さんが多いのですが、そこはその都度、探り探り、OKをもらえるお酒を探しています。辛口のイメージとは違うけど美味しい、というお酒に出会ってもらえたらいいな、と思います。


燗上がりするお酒

燗酒についても、少しだけ書きたいと思います。私自身は、酒はなるべく燗で飲みたい派なのですが、少なくとも北龍のお客様の間では、燗酒は、積極的肯定には至っていないようです。

燗を受け容れてもらうために大事なことは、まず、すべての先入観を捨ててもらう、ということだと思います。「燗酒を飲むと酔っ払う」とか「頭が痛くなる」とか「燗酒=安酒」とか、ありがちですが、全部間違っていますので、捨てていただかなければいけません。その上で、燗酒にもいいとこたくさんあるんだ、ということを、知っていただきたいと思います。

アルコールは体内に入ってきてから、体温と同じくらいまで温められて初めて、吸収されていきますので、燗酒なら、すぐに酔え、その分早く冷めます。次の日のことも考えると、これは大きなメリットです。また、いわゆるお猪口というやつで「ちびちび」やる飲み方は、短時間で大量に飲んでしまうリスクを低減してくれます。さらに、温度変化によって、一本のお酒から2倍3倍のバリエーションを得ることができます。

いずれにしましても、やはり燗酒については、飲んでみて「美味しい!」という感動があれば、理屈は要りません。先入観なく飲んでみて、感動できたら、それで良いのです。


私の一番好きなお酒

「あなたの一番好きなお酒は?」という質問は、よくあります。これには、はっきりとした答えはないので、「一番を決めるのは難しい」とか、わざと「それは秘密です」と答えています。個人的にお気に入りの商品や蔵元は、確かにあるんですが、それよりも「その時その店でのベストチョイス」というのを、自分はいつも求めています。

例えば、今日、最後に飲んだお酒がすごく美味しくて、覚えて帰ったとします。これを次の飲みで真っ先に注文すると、「あれ、そうでもないな」と感じることが多いはずなんです。それとか、うるさいくらい味の多いお酒がここにあるとして、僕は普段これを飲みたいと思ってないですけど、すき焼きを食べながら日本酒を飲むことになったら、今から買いに行こうかと思うくらい、これが飲みたくなるのです。つまり、どんなお酒も、それが活きる場とか巡り合わせがあってしかるべきで、言うなれば、「飲みの展開」で、その日その店での、注文したお酒のそれぞれの活躍ぶりや連携プレー、そういうものを、僕はすごく大切にしています。だから、何々という銘柄を挙げて、これがお気に入りだと表明したくないわけです。

ただ、いろんな人と話していると、「あれを飲んだ時の感動が忘れられない」という話が、結構多いです。これを私たちは「初恋のお酒」と呼んでいて、僕にはその経験はないですけど、そういう体験がある人が羨ましいなあと思います。その人の中で思い出になっていて、あの味には二度と出会っていない、というところが「初恋」の条件です。だから、もし酒場で誰かからそんな話を聞かされて、真に受けて自分も件の酒を買い求めても、期待外れの結果に終わるに違いありません。結局そんな、この一本、というお酒があったとしても、それを自分の心に刻みつけたのは、そのお酒の力、味だけではないということです。その時のシチュエーションと相まってのものです。

究極的な話では、「美女に注がれたほうがお酒が美味しい」と言うひとがいます。これもあながち、ウソではないのかもしれません。


北村英嗣 - 筆者について

昭和51年生まれ。滋賀県立大学人間文化学部卒。父の死後「山中酒の店」に入社、6年間の修行の後、家業を継ぐ。文系だがタグ直打ちでホームページを書いている。バイク通勤のせいで店では一滴も飲めないのが悲しい。